「おーい!」
街全体の建物をビリビリと震わせるほどの大音量が空気を切り裂いた。
突然の大声に街中の人々は驚き、一斉に声の発生源に目をむけた。
そこには駅前の30階建てビルをはるかに超える大きさの少年が、
下界を見下ろし、腕組みをして立っていた。
声の主は黒の紋付き羽織、灰色の袴(はかま)、白足袋という格好をしていた。
声近くのビルはヒビが入り、窓ガラスの半分は砕け散っていた。
巨大過ぎる少年は周りの被害など気にもせず再び口を開いた。
「悪者がいるって聞いたから、
とびっきりでっかいヒーローになったんだけどさ。
どこにいるか知ってる?」
上空の表情は自身に満ちあふれ、先ほどと同じ音量が下界を駆け抜けた。
巨人からすれば普通に声を出しているだけなのだが、
小さな街はそれに耐えられなかった。
衝撃波となった声が街にぶつかり、人々に悲鳴を上げさせた。
少年の近くにあった駅ビルのヒビはさらに大きくなり、
ガラスとともに、壁の破片がパラパラと落ちていった。
巨大な少年の出現によって、街全体が混沌(こんとん)となり、
人々は全力疾走でその場から離れていった。
着物姿の巨人は街の様子を上空から見ていたが、
小さな人間が問いかけに答えてくれることはなかった。
1分後、少し不機嫌な表情を浮かべ口元を開いた。
「……ふん、無視かよ。じゃあこっちから行くぜ」
街に向かって言い放つと、
少年の右足がゆっくりと持ち上がりはじめた。
足元には片側3車線の道路が広がっていた。
中央分離帯はもちろん、両脇に広めの歩道も整備されていた。
しかし、少年の白足袋の大きさは片側3車線に収まりきらなかった。
持ち上がった右足の影は歩道と3つの車線と、
さらに中央分離帯を超えた片側の道路まで覆っていた。
足の影は次第に黒濃くなっていき、かかと部分が地上に接触した。
ズズウウゥゥゥ……ン
車線3つ分のアスファルトと白線は、純白のかかとに押しつぶされヒビが入っていき、
接触を逃れた道路は、足の振動を周辺へ伝えていった。
近くに駐輪していた自転車は次々と倒れ、自動販売機がガタガタと少し揺れた。
かかとの着地が終わると、残りの足裏全体が地面へ下りていった。
土踏まずとつま先を合わせると、かかとの何倍もの範囲になっていた。
指先が2つに分かれた巨大な白足袋は、
乗り捨てられた自動車、タクシー、バスなどの鉄製の天井をへこませてつぶし、
街路樹と道路標識をバキバキという音と共に折り曲げ、
道路と歩道のタイルに大きなヒビをいれ、街並みを一瞬で飲み込んでいった。
ズズウゥゥシィィンンンッッッ!
足を踏みおろした衝撃は、巨大な地響きを上げて、足まわりの物体を軽々と突き上げていった。
抜けるはずのない街灯や電柱は、地面と共に吹き上がり、道路上に横たわった。
動かないよう固定されていた自動販売機は、道路上の白いつま先の所まで放り出され、
車両は人々の身長をはるかに超える高さまで飛び、白足袋の周りで踊らされた。
木の葉のように足元が吹き飛んでいるにもかかわらず、少年は何も感じていない様子だった。
一歩を終えると、灰色の袴(はかま)が白足袋に合わせてゆるりと前に進んだ。
「街のみんな、早く避難しろよー?悪者はいつ襲ってくるかわからないんだから」
ヒーロー気取りの巨人の表情は得意げであり、
小さな避難者に上空から警告をしつつ、
足元の街並みを次々と白足袋で踏みつぶしていった。
丁寧なことに、少年の歩行は道路に沿っていたので、
人々は進行方向から立ち去れば安全に避難できた。
しかし何気ない歩行の振動は、ビルごと大きく揺るがし、
逃げ惑う人々に襲いかかるため、避難は簡単ではなかった。
「いったいどこに隠れているんだ?」
巨大な少年は、小さな道路を歩きつぶしながら、あたりを見回していった。
澄(す)んだ瞳は、はるか上空に位置し、視界を妨げるものは皆無であったが、
空から怪しげな存在を見つけることはできなかった。
そこで、もしかしたら建物の影に隠れているのではないかと考え、
駅周辺のビル街を激しく揺らしながら歩き始めたのだった。
しばらく直進していたが、不審なものが見つかることはなかった。
「うーん、こっちの道か?」
やがて交差点で立ち止まると、足の角度を90度変えて、
足首にも満たない高さの信号機をへし折りながら方向転換し、
再び道路に大きな穴を開けていった。
捜索すること10分。
出発地点に戻ってきた少年の表情は困惑していた。
「ぜん……っぜん見つかる気がしないよ!っていうか、本当に悪者なんているのかよ」
10分ほど歩き回ったが、下界からなにも発見されなかった。
少年が戻ってきた場所は駅前ロータリーであり、
広い敷地にバスやタクシーが数多く停車していた。
巨人は足下の街並みを見下していたが、しばらくすると少し笑顔になった。
そして上半身を前に倒し、足元のバスを優しくつまんで、
車体よりも大きな右手にのせた。
「バスを転がして、裏なら悪者はいない、表なら悪者はいる!
横だったら……たぶんいる!ってことで」
簡単なルールを決めると、うれしそうにしゃがみこんだ。
腰を下ろすと周囲に突風がビビヒュュュゥゥと吹き荒れた。
少年の羽織の袖(そで)が揺れると、
手のひらのバスは駅前の広場にむかって、
勢い良く転がり地面をまわっていった。
転がされたバスは1秒も経たずして窓ガラスがすべて砕けて周りに飛び散り、
左の前輪タイヤが勢い良くはずれた。
凄まじい衝撃を受けた後、大きな車体をリバウンドさせて少しだけ宙に浮いた。
つかの間の静寂の後、二度目の着地を成功させた。
右の車体を道路に激しく叩きつけ、周囲に金切り声を響かせ、
今度はリバウンドすることなく、そのまま転がっていった。
進行方向のすぐ先には2台のタクシーが存在していたが、
両車とも激しく転がるバスの巻き添えを食らい、フロントガラスを砕かれ、
ボンネットを開けられてタイヤごと路上を滑っていった。
すでにボロボロになったサイコロは徐々に速度を落としながら、
とある場所へ向かっていった。
そこは乗客を待つために、タクシーが列を作って停車している場所だった。
普段なら人々がスーツケースを転がしているのだが、
この日は、ほとんどスクラップ状態のバスが勢い良く転がってきた。
ボロボロとなった四角い金属物は停車中の3台のタクシーにぶつかった。
ズドガシャァァァンンン、という激しい衝撃音を発して、
3つの黄色いクッションを歩道に吹き飛ばした後、回転を止めた。
ズゥゥン ……ズウゥゥン ……ズズウゥゥンッッ
サイコロは街中に騒々しい破壊音を響かせたが、
その音をはるかに超える大きさの地響きを立てて、
ビルを揺らし、羽織りを振りながら巨大な少年が近づいてきた。
占いの結果を確認しようと、少年は上からのぞきこんだ。
バスは……裏がえっていた。
軽く転がされた車体は若干『くの字』に曲がり、
窓からは壊れた座席がはみ出ており、
4つあったはずのタイヤはすべて無くなっていた。
無残な形となったバスは “悪者などいない” という結果を示していた。
結果を見た少年の表情は慌てており、右の白足袋が急速に持ち上がった。
ズズウゥゥシィィンンンッッッ!
ボロボロになったサイコロと、周辺にあった無傷のタクシー、
街路樹、道路と歩道が瞬時に踏みつぶされ、
普段より少し大きな地響きと共に、地中に消えていった。
振動によって足付近のアーケード上部にある看板はすべて外れ飛び、
地割れは道路と歩道のみならず、
近くの商店の内部を切り裂いて向こうの道路にまでおよんでいた。
「オ、オレ占いなんて信じないタイプだから!
デタラメにきまってるさ。もう一度歩けば見つかるはず」
少年は占いの結果を踏み消し、10分前の捜索ルートを再び歩き始めた。
捜索を続けることさらに10分。
またしても最初の場所に戻っていた。
駅前周辺のビル街の道路はすでに大きな穴と地割れだらけになり、
人々が通行できる状態ではなくなっていた。
地響きと共に作られた穴の中には、
そこに存在していたと思われる車や街路樹などが、無残な形になって埋まっていた。
計2回の捜索にもかかわらず、何も見つけられなかった少年は、
ビル街とは違う方向に目をやった。
そこは駅裏の閑静な住宅街であり、
公園や住宅やアパートが数多く並んでいた。
「もういいや、悪者が現れるまで公園で座っていよう」
浮かない表情と共に、目に止まった緑色の広場に向かって歩き始めた。
駅裏の近くにある公園は、手入れのされた綺麗な公園だった。
広場には草木が生え、いくつかの遊具が設置されていた。
敷地の外には住宅街が広がっており、休日になると家族や子供でにぎわった。
少年の足はまるで下を考慮する様子もなく、道中の駅裏駐車場へ侵入していった。
振り上げられた白足袋の下には、足の甲にも満たない高さの車が何台も駐車していた。
巨大な純白の物体が地上に降りると、
その下にあった小さな車は一瞬にして押しつぶされ、
少年の足を支えることなく、地響きと共に地面に沈んでいった。
足の直撃を避けたものは、
巨大な衝撃を受けてビルの2階ほどの高さまで跳ね上がり、
駐車場の外へ飛んでいった。
仕立ての良い足袋で沢山の車をつぶしている少年は、
足元の事など気にする様子もなく、
相変わらず落ち込んだ表情を浮かべるだけだった。
駐車場内に大きな穴が3つ空いたところで、
公園の敷地に足が届く距離になった。
少年の視線は公園入口のベンチに向けられていた。
やがて敷地の真ん中の何本もの木々をつぶしながら両足が移動し、
小さなイスに向かって腰が降りていった。
ドオオオォォォォォォンンッッ
4~5人ほど座れる木製のベンチは、
灰色の袴(はかま)に包まれた膨らみによって一瞬で粉々になり木くずとなった。
ベンチだけではなく、入り口に生えていた木々、
滑り台、注意書きが書かれた板も同じように、少年の下半身の下でつぶれていった。
「はぁ……、悪者はいったいどこにいるんだろ」
ため息まじりの声が公園内に響き、巨大な両脚の前で手が組まれた。
ひざ上にある羽織の袖(そで)と袴(はかま)の間に口がうずまり、
両目は自身が座っている小さな公園を、ぼんやりと見下ろしつづけた。
数分後。
少年の目は公園の一角に向けられていた。
やがて、地面を陥没させていた左の白足袋の先端が持ち上がった。
白く巨大な左足は地面の草木を巻き上げ、大型ジャングルジムの頂上へと向かった。
親指だけで遊具を覆い尽くし、そのまま地上へ降りていった。
ギギギィィッッ…………ギギイイィィィッッッ
何十人乗ってもびくともしない鉄製の棒は音を立てはじめ、
てっぺん部分がゆっくりと折れ曲がり、ちぎれ、
巨大な白足袋によって優しく押しつぶされていった。
少年はゆっくりと足を動かした様だったが、
10年以上子どもから愛されてきた大型ジャングルジムは、
わずか10秒足らずの内に、地面に広がる鉄くずとなった。
親指とは逆側となる、人差し指側も公園を覆っていった。
大型ジャングルジムの近くに生えていた木々、
乗り物の形をした小さな遊具、鉄棒、公園まわりの柵、
さらに外の道路までもが優しく音を立てながら純白な足袋の下に消えていった。
ズズウゥゥ…………ゥゥン
左足は地上への衝撃をおさえたつもりのようだが、
つま先が着地するとまわりの地面がゆっくりと三輪車ほどの高さにめくれ上がった。
グラグラと静かに大地は揺れ動き、公園とまわりの住宅が共振し、
屋内のコップがカタカタと音を立て、中の水と共に揺れた。
(公園や住宅街に悪者がきたら街がメチャメチャになっちゃう
…………
……やっぱり、落ち込んでいる場合じゃない。絶対にみんなの街を守らなくちゃ)
心にきめたその時、
上空からブロロロロロロという音が鳴り出した。
異音に気づいた少年は、急いで空を見上げた。
そこには街の様子を伝えるための、テレビカメラを搭載したドローンヘリが飛行していた。
それを見た少年は目を輝かせて、嬉しそうにヘリに向かって言い放った。
「ついに現れたな、悪者め!オレがやっつけてやる!」
ズドゴゴゴオオオォォォォォォンン!
足は公園の空いていたスペースに勢い良く移動していき、
ブランコ、周りに設置されていた安全柵、木々、
そして周辺を含めた広い範囲をまとめて踏みつぶした後、
少年は立ち上がった。
瞳は上空のヘリを見つめ、
まるでトンボを捕まえるかのように羽織から手が伸びていき、
これまで無傷だった住宅街へ向かって足が動き出した。
少年は長い手を青空に向けて伸ばすが、
トンボは素早く旋回するため、
なかなか捕まえられずにいた。
ズズウゥゥンン! ……ズウゥゥンン! ……ズズウゥゥンンッ!
地上では白足袋が袴(はかま)をなびかせながら、
足首に満たない街のことなどお構いなく、街並みを踏みつぶしていった。
少年は足裏全体を使って、
民家・アパート・商店・空き地、
ブロック塀・街路樹・車・道路を区別することなく、
大きな地響きと共に次々と跳ね上げ、陥没させていった。
ヘリは街を踏みつぶしながら接近してくる巨大な存在を感知したのか、
急速に高度を上げ、巨人ですら手の届かないところへと移動した。
少年は追いかけることをやめ、立ち止まった。
「な、なんだよ。飛び回るなんて聞いてねぇよ。恐ろしく強ぇ……」
上空を見つめながらつぶやくと、小さい街並みに足跡を残すのをやめて、
その場に立ち止まって作戦を考えはじめた。
かつて少年は悪者を退治したことがあった。
その時は腰ほどの高さの高架道路を軽々と崩し、
近くに生えていた街灯を引き抜いて活用した。
しかし今回は前と同じ敵ではない。
タイプが異なる上に自身の大きさも格段に大きいため、
作戦を変える必要があった。
(何か役立つものは無いのかよ?)
今回も道具を使おうと考え、足元の下界に目をやった。
袴(はかま)の下にたたずむ白足袋は、数棟分の家の敷地を占有していた。
足周りには住宅だったと思われる瓦礫が散乱し、
大地には何人もの人間を飲み込めるほどの地割れが発生し、
その割れ目は住宅の敷地を超えて道路にまで伸びていた。
少年は足元の壊滅的な被害など気にもとめず、
道路脇の傾きかけた街灯に目をやった。
大きくしゃがみこむと突風が巻き起こり、周りの瓦礫が吹き飛んだ。
黒色の羽織の先から、色白く細く綺麗な指が伸び、
アスファルトの道路を少し押しつぶして、
街灯を地面から引き抜いた。
街を照らす明かりは少年の指をすこし超える長さで、
比較的キレイな状態を保ったまま引き抜かれていった。
少年は採れたての細長い筒に優しく息を吹きかけ、
先端が尖がるようアスファルト付きの根っこを指先でつまみつぶし、
満足そうに立ち上がった。
上空のヘリをにらみつけると、
片手で羽織の袖(そで)をおさえ、2本の指で街灯をはさみ、
まるでダーツのようにヘリに向けて照準を合わせた。
「これで……、終わりだぁぁぁ!」
力強い言葉とは対象的に、手首のスナップを効かせ、
あまり力を入れずに矢を軽く投げつけた。
軽く投げたにもかかわらず、
新幹線と同じくらいの速度で、街灯はヘリに向かって飛んでいった。
その凄まじい速度にヘリは反応できず、
光の矢のごとくヘリのパイロット席に突き刺さり、
両者とも粉々に砕け、地面に落ちていった
……という作戦だったが、ものの見事に当たらなかった。
矢はヘリから大きく外れて、駅前のビル街へと飛んでいった。
「何だよ、全然当たらないじゃん!」
少年はヘリ向かって不満げに言い放つともう一度しゃがみこんだ。
1回目の繊細な指さばきはどこへいったのか、
巨大な指が5本、乱雑に街灯の横に突き刺さった。
アスファルトが簡単に砕け、
車が跳ね上がる程の衝撃が地上を襲ったが、
少年の指はさらにめり込み、全体が地面の深層へ潜っていった。
指が持ち上がると、街灯は道路ごと引き抜かれ、
さらにそれだけでなく、電柱と半壊の住宅までも一緒となり、
片手ですくい上げられた。
少年は新たな武器を手中に収めると、再び立ち上がって空を見上げた。
ところが先程の場所にヘリの姿は無かった。
「消えた? ど、どこ行った」
一瞬だけ戸惑ったが、後頭部の方からプロペラの音が聞こえてきた。
危険を察知したヘリは、より安全な場所へ行こうとしていた。
ズズウゥゥンン! ズズウゥゥンンッ!
少年は逃すまいと住宅街を踏みつぶして急いで振り返った。
右手上の街は、羽織を振りかざした腕によって、
目標に向かって投げつけられた。
街の一部はその猛スピードに耐えきれず、
空中でバラバラになり、数十センチから数メートルの小さな破片となって飛んでいった。
上空のトンボも、今度ばかりは避けられなかった。
バキキッッ
少年の手によって空中分解した住宅の屋根が、ヘリのプロペラ部分をかすめた。
合計4枚あったプロペラは音を立ててちぎれ、2枚と半分だけになった。
やがて浮遊力を失い徐々に高度を落としながら、
煙を上げてビル街へと墜落していった。
「最強だぜ!覚悟しな!」
少年は満面の笑みを浮かべ、羽織の袖(そで)を大きく振りながら、
ヘリが墜落した地点にむかって一直線に歩いていった。
足の先は住宅街であり、すぐ先は駅前になっていた。
いつもより速度を少し上げた白足袋は住宅にぶつかり、
一瞬にして住宅をガレキに変えて吹き飛ばし、
地上の残った部分に地響きを立てて、大きな足跡を刻んでいった。
駅前に侵入すると、袴(はかま)に包まれた脚までもビルにぶつかっていった。
脚は窓ガラスと壁を難なく突き破って、
中のフロアに侵入し、床も天井もフロアの中も関係なく押しつぶしていった。
ビルを支える、折れてはいけない柱までも軽々とへし折られ、
床と天井と部屋全体が傾き、ビル全体が倒壊していった。
少年の急ぎ足に巻き込まれ、
かろうじて建っていたビルは次々と倒壊し、踏みつぶされていった。
ヘリはビルに挟まれた場所にあるコンビニ前の歩道に落ちていた。
プロペラは損傷していたが映像を伝える機能は無事だった。
全国中継を続けるカメラは、若干斜め上を向いており、
穴だらけの道路と窓ガラスが割れたビル群を映していた。
墜落から1分もしないうちに、巨大な地響きはさらに大きくなり、
カメラの映像は小刻みに揺れはじめた。
そして突如、映像の中心にあったビルは一瞬で倒壊し、
巨大な灰色の袴(はかま)があらわれた。
墜落したヘリを見つけると、
足をヘリから少し離れたところに移動させ、
両手を腰に当て、右手を伸ばしてカメラを指差した。
「やい、悪者!テメエなんざブチッとひねりつぶしてやる!」
そう告げると生放送中のヘリに向けて、少年は巨大な白足袋を振りあげた。
全国の人々のテレビ画面には、
はるか上空で小さな街並みを見下ろして得意げに笑みを浮かべる、
黒い羽織を着た少年の顔が映った。
しかしその笑顔の映像はほんの数秒間だけであり、
すぐさま灰色の袴(はかま)があらわれ、
巨大な白足袋の裏が画面に映しだされた。
純白の巨大な足は、徐々にお茶の間に接近し、
ヘリの近くにあった無関係な雑居ビルが踏み崩され、
ビルの半分くらいの高さの電柱や木々がへし折られ、
歩道橋がなぎ倒される映像が放送された。
そしてついに、巨大な足裏は限界まで近づいてきた。
テレビの映像はレンズが割れる音が一瞬した後、
轟音とともに純白から一瞬で黒色となり何も映らなくなった。
おしまい